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ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)
発売日:1990-10 |
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ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)のレビュー・感想
芸術の不可能性
ランボーの『地獄の季節』がいい例だが、ある時点から、少なくとも芸術に対して誠実であろうとする者にとっては、もはや何も創作するができないという事態が生じた。
『ゴドー』はその逼迫した状況に勇敢にも挑戦し、小さな、しかし偉大な風穴を開けることに成功している。
「どうにもならん」というエストラゴンのセリフから始まるこの劇は、芸術の不可能性を認識した上で、その不可能性と戯れている。
一方...
『象徴的』という意味を深く実感。
例えば、生きる事の意味をとことん考えて見る。「意味」「価値」etc....。二人の何者が分からない男が延々とはぐらかした無駄話を続ける。「ゴドー」という何者かを待ちながら。戯曲とは「読むための文学」として完結する事が存在理由なのではない。芝居に昇華されるための「アウトライン」として、「開かれて」いるべきものだ。そしてこの戯曲ほどあらゆる解釈と演技を成立させる、『開かれた戯曲』はまず、ない。演出家と役者...
我々は何かを待っているのであろうか?
とにかく考えさせられる劇である。ゴドーを待つ二人を中心に劇は進むが、ゴドーは誰なのか?何故待っているのか?等などの疑問が次々を浮かぶ。読み終わって、あたりを見渡し考える。我々は何かを待っているのであろうか?何を期待し今日を過ごしているのであろうか?
混沌としている世の中を読み解く鍵としても一読をお薦めする。

