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千利休―無言の前衛 (岩波新書)
発売日:1990-01 |
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千利休―無言の前衛 (岩波新書)のレビュー・感想
解釈の広さ、笑いの視点
茶の湯の事なんて全く知らなかったのですが、まんが「へうげもの」(山田 芳裕著)を読んで以来、凄く気になるようになりました。また、その当時の人物、文化、歴史の事が、いつもの通り私にはマッタクわからないので、ちょっとネットで調べていたら、気になったのが、赤瀬川 原平が書いてます!!トマソンの赤瀬川さんですよ!!で、興味が湧き、読んでみました。まだ完結していませんが、マンガ「へうげもの」も、かなりオス...
ある芸術論
千利休を描きながら、本書は赤瀬川流芸術論の域に達している名著である。芸術と前衛芸術との位置、路上観察と茶の世界、茶道と侘び寂びを論じながら、日本と世界の対比をしつつ、そこから日本文化を論じている。ここまで解り易い日本文化論を読んだことはない。また、自分の活動から見えてくる日本文化という切り口も読んでいて知的好奇心をたいそう擽られた。平易な文章なので誰にでもわかりやすく、著者の考えをすんなり理解...
躙り口にトマソン
やや古い話ですが、W杯。ジダンの頭突きを見たとき、僕はとっさに利休のことを思い出していました。
ジダンのプレーは、あんな振る舞いに及ぶテンションを抱えているから、ジダンなのでした。利休の、例えば宗堪との茶席での乱暴な振る舞いは、或いは利休の仕事のテンションの発露だったのかもしれないと思ったのです。
彼の作った茶杓を他のそれと見比べれば、その緊張感が図抜けていたことが分かります。
新鮮な驚き
保守的な伝統芸能とばかり思っていた、茶道「茶の湯」が実は古典もモダンも超越した「前衛芸術」だったことをこの本で初めて知りました。作法に重きをおき、堅苦しいイメージのあった茶道と、NYやロンドンのレストランのトレンドに一時期見られたような「禅」や「和」という静謐さにスポットをあてたモダンアートの世界、実はそのどちらとも違い、実際の千利休の持つ世界観は、「もてなし」というものへのユニークさと斬新...
消費される芸術・消える前衛
千利休といえば、茶の湯の大家。茶を飲むというきわめて日常的な所作を芸術にしてしまったたいそうな人。お茶のせいで切腹までさせられた。戦乱が日常の時代の中で、「侘び」と「寂び」こそが強い芸術表現でありえた。千利休は沈黙を通して「前衛」であった。現代は喧噪の時代であることを考えると、寡黙であることが強いアートであることだろう。侘び寂びこそが現代の前衛たりうるのである。さて、今の前衛芸術を見ると既に...

