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日本的霊性 (岩波文庫)
発売日:1972-01 |
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日本的霊性 (岩波文庫)のレビュー・感想
霊性といえば物々しいけれどほんとうはもっと素朴なかそけき居ずまいなのだ。
親鸞が鎌倉時代に「発見」したものは大地であると、鈴木大拙氏は言う。それは平安時代における天上性の対置である。大地性と天上性が交わるところに地平の中心なき中心を有する「無限大円環性」(P133)のパラドクスがある。「個己」と「超個己」の矛盾的自己同一(あらゆるところに中心があって中心はない)がある。こうしたパラドクスが宿す大地と天上の、いわば連続性と断絶性の無分別知こそが日本的霊性の骨格かなと、...
「霊性」という言葉でこの本を敬遠しないで…
本書の存在は前から知っていたが、「霊性」という言葉になぜか拒否感があり、敬遠していた。図書館で手に取り、大地性という概念が重要な意味をなしているようなので借りて読みだした。読みだしてすぐ、これは手元に持っているべき本と気づいた。
今はやりのスピリチュアルとは全く関係ありません。宗教、宗派を超えて訴えてくる、共感できる何かがある。日本文化、日本人、日本を語る上でも必読の書と言えるだろう。
「不合理ゆえに我信ず」
まずは、万葉の世界を「幼稚」、平安の世界を「繊弱」と、言いたい放題。表現はやや過激ながらその指摘はなかなか正鵠を得ており、そこは小気味よくさえある。
もっとも評者は個人的には、大地性から離れた繊弱な世界と言われるものこそに、日本人的な情緒を感じるのだが、そんなことを言うと、大和男児として情けない、などと一喝されそうである。(なにしろ戦時中に書かれた本なのだ。)
そして、...
日本的なものとは何かを知るために
「日本的なものは何か」と問われたとき、これにすぐに答えられる者はどれほどいるだろうか。少なくとも、本書を読む前までの評者はこの問いに沈黙するほかなかったと言わざるを得ない。著者は本書において「日本的霊性」というものを読者に提示し、日本人にこの日本的霊性に自覚的になることを促す。著者によれば、日本的霊性が最も顕現するのは浄土系思想と禅であるという。両者は外来のもののように見えるが、これらは日本...

